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安心とは


広辞苑をひくと、安心の意味は「心配・不安がなくて、心が安らぐこと」となっている。安全の場合と同じように、安心も否定語となっている。心の問題を否定語で表すのだから、当然曖昧さを持つ。 

安心(あんじん)は仏教で大切にされている境地である。同じ広辞苑では「信仰により心を一所にとどめ不動であること」としている。本サイトで対象にするのは世俗的な意味での安心であるが、この意味も頭に留めておきたい。 

安心の反対語である不安は、心理学では対象が必ずしも明確でないことが特徴とされている。たとえば、不定愁訴である。対象が明確なのは恐怖である。ところが食の安心では、 しばしば対象を明確にしているのに恐怖といわずに不安という。この理由を明らかにすることが、食の安心を理解するうえで重要な鍵になる。

安全とは」の項ではCodexの定義を紹介したけれども、安心にはこのような定義はない。 敢えて探すと、大阪府食の安全安心推進条例」 にある。ここでは“「食の安全安心」とは、食品等の安全性及び食品等に対する消費者の信頼をいう”と定義してある。安心ではなく、食の安全安心として定義しているのであるが、安心を食品等に対する消費者の信頼と言い換えているようにみえる。食の安全安心推進条例は多くの道府県で制定されそれぞれに似た定義がなされているので、それなりに普及している捉え方 である。しかしながら、安心をきちんと定義したとはいえない 

そもそも安心は、 安全性確保に携わっている機関(者)が国民に情報発信する際に、安心を標榜するためにあるいは単に添え語として安全・安心と言っているすぎないところがある。だから、改めて安心の定義が必要になっても、 あたかも四字熟語のように安全安心で定義してしまう。

安心は英語もよく分からない。直訳すると、reassurance、reliefあるいはeaseであろうが、どれも安心を上手く表現しているとは言い難い。だから文脈に応じてpeace of mind of the peopleと訳されることもある。食の安全・安心の安心の意味は、consumers' concern(消費者の懸念)が近いと思われるが、これも意訳というには意味が少し離れている。適当な英語が見つからないのは、欧米の文化と日本文化が異なるためであり、ここでいう安心は日本的な情緒を含んだ概念と思われる。日本において安心が的確に論じられないのは、論理性に強い欧米専門家の取り組みが弱いためと 信じている。 

筆者は、「安全とは」の項でも述べたように、安全と安心を区別するために、安全とは「食品による人の体への危害がないこと」であり、安心とは「食品による人の心への危害がないこと」と定義している。この定義は安心の微妙なニュアンスを表現できていないかもしれないが、大きく外さずに捉えていると自負している。何よりも、 安心と安全の関係を明確にしている。参考までに、安心と安全に加えて安心感と安全感及び安心性と安全性の6つの用語の関係を「安全感とは」で説明してある。 

安全が客観的あるいは合理的な判断であるのに対し、安心は主観的な判断であると主張されている。というより、これが通説である。この見解は、安全と安心は表裏一体で、 安全が安心に優先されることを前提にしている。この見解に立つ人は、安全性を確保してその情報を国民に適切に伝達すれば、国民は正しく安心すると信じている。 

 安全と安心を明確に区別しないので、安心には係わるが安全とは無関係の事柄が、しばしば安全の問題として話題にされる。特によくあるのは偽装とか表示で、具体的には食材偽装、産地偽装、賞味期限表示などである。

 安心が主観的なのは、情報に対する個人個人により受容基準が異なるためである。受容基準は、生活規範、食知識、食経歴、性向(安全志向、健康志向など)、体質などで形成される。 

 安心は人の感情であり、感情による判断はヒューリスティクであるという解釈がある。一方、理性による判断はシステマティックとする。そして前者は「判断の近道」、後者は「判断の王道」と捉える。ここでは、感情による判断が人類の長い進化の過程の中で今日まで生存させたと肯定的に理解する。

安全と安心の関係を、リスク知覚(risk perception:リスク認知と訳されることも多い)で理解しようとする立場がある。リスク知覚が専門家と消費者で異なる場合、何故そうなるのかを理解しようとする。この分野の研究はSlovicなど欧米の研究者が主導しており、この発展が安心についての理解を深化させてくれる可能性がある。

安心が重視されるのは、政治・行政・営業などの広い分野にまたがる。これらは、社会の中核を担う分野である。政治家も行政官もそして営業マンも、国民(住民・顧客)に対し安心できることを保証しようとしている。

(2012年8月作成:柳本)(2014年3月第3訂)