ハザード分析表では、「ハザードの区分」で説明したようにハザードを規制ハザード、認識ハザード及び一般ハザードに3大別している。このうち本項では認識ハザードと一般ハザードの区別について、「ハザードの区分」を補足して説明する。
認識ハザードと一般ハザードを区別して一般ハザードは無視するので、できるだけ多くのハザードをリストアップするというハザード分析表作成の理念と、矛盾するようにみえるかもしれない。しかしながら、ハザードを非常に広く捉えると食品中の全ての成分あるいは添加・付着した全ての物質がハザードとなってしまう。むやみにたくさんのハザードを挙げることは却って目的を曖昧にしてしまうので、それなりの絞り込みは必要である。その指標が「疑いの余地がある」である。
ただし、「疑いの余地がある」を狭く捉えるか広く捉えるかで、ハザード分析表の内容は自ずと異なる。つまり、ハザード分析表には、たとえば農業生産者版、食品加工事業者版、消費者版、行政担当者版、食品専門家版、安全性専門家版など多数のバージョンがあり得る。行政担当者版とか安全性専門家版は「合理的に疑いがある」くらいに狭く捉えるであろうし、消費者版は「一人でも疑いを持つ」くらいに広く捉えるかもしれない。認識ハザードに幅があることに違和感を覚える人がいるかもしれないが、これが認識ハザードの重要な特徴である。
ここで作成しているのは、食品専門家版である。食品専門家版では「疑いの余地がある」を“引用に足る資料で指摘されている”と読み換える。具体的には、各種公的サイト・資料で言及されているハザードと専門的書籍で言及されているハザードとした。ここに指摘とは
、物質などがリスクになることに言及していることで、単に物質が存在するだけの記述の場合は、下記の例外を除いて採用しなかった。研究論文がある場合も対象となるが、実際には採用できなかった。専門家でない者が個人的に主張している類いのものは対象としていない。
ハザードを積極的に採用した代表的な例を挙げると、「日本人の食事摂取基準」で対象としている栄養素がある。「日本人の食事摂取基準」は厚生労働省が5年に一回発行している栄養指導の基準ともいえる資料である。近年では栄養素も摂り過ぎると体に良くないといわれるようになり、多くの栄養素に耐用上限量や目標量が設定されている。従来、栄養素をハザードとみなすことには躊躇があったようにみえるけれども、耐用上限量や目標量は科学的根拠に基づいて設定されていることから、ハザード分析表では認識ハザードとして採用する対象にした。全てを採用するのではなく、当該食品に多く含まれている栄養素に限った。この取り扱い
により、食品が固有に持つハザードの概念が明確になり、食品自体と農業生産過程を区別することに役立った。
筆者の常識的に判断して認識ハザードに挙げておくべきと考えるけれども、それを指摘した公的サイト・資料及び専門的書籍を見つけることはできない場合もある。このような場合は、例外措置として認識ハザードとして採用した。
認識ハザードのもう一つの視点である、「国民の中に懸念する声があるもの」は、個人的に主張されているものではなく、ある程度の規模の団体以上が懸念しているものに限っている。この場合も、公的資料・サイトや専門的書籍から探した。これに加えてマスメディアや各種機関誌も対象にすることにしているが、これらでは規制ハザードを問題にしている例がほとんどであり、実際には見つけることができなかった。
「国民の中に懸念する声があるもの」とは逆に、一部の食品では根拠なく安全を標榜している例がある。こちらは広く普及していると判断したのだけを採用した。採用したのはこれまでに2例である。なお、公的資料・サイトや専門書にはそのような記述はない。