いちばんおいしかったもの


 「今までにいちばんおいしかったものは何ですか」と聞いて回ったことがある。大抵の人にとって面食らう質問であったらしく、しばしば「何がいちばん好きですか」と聞き直す必要があった。

 答えは多様であったが、「留学中に親しい友人たちと食べた食事」など、非常に楽しい時に食べたものが多かった。出身地の加古川市長さん(当時)が「いちばん好きなのは大根の煮物ですね」と答えられたのには、唸った。

 食通さんに尋ねれば、珍味が挙がってくるはずである。高級料理に飽いてくると、珍味に向かうものらしい。食通さんは酒の肴を想定するためかもしれない。江戸時代、日本の三珍としては「越前うに」「知多のこのわた」「肥前からすみ」とされた。しかし、筆者 の質問でこれらを挙げた人はいない。

 食べ物のおいしさは多様なので、いちばんおいしかったものは各人異なるのは当たり前である。優劣を付けるのも難しく、順番を付けること自体、無意味かもしれない。同じ人でも質問をするタイミングにより、答えが異なる可能性がある。

 いちばんおいしかったものは、料理そのものよりも、愛を感じた時とか特別に楽しかった時に食べたものの方が多い。初めてデートした時の食事と答えられる人は幸せである。人生の晴れ舞台で食べた料理がおいしかった人もいるはずである。庭で栽培した野菜を自分で料理して一人静かに食べた一品と答える人には信頼感がある。いちばんおいしかったものは、その人の人生そのものなので、人に伝えることではないのかもしれない。