粗食主義への批判


 粗食(あるいは素食)を勧める本・記事が根強い。ということは、世間には根強い人気があることを示している。主唱者は人間的に魅力のある個性的な人が多いようである。その主張は人により異なるが、古い時代の日本の食事を理想としている。米と野菜を中心にした食事が推奨され、タンパク質食品、特に肉類が厭われる。

 しかし、これは危険な考え方である。まず確認しておきたいことは、現在の栄養学ではこのような食事を推奨していない。栄養学的知見を元に、食事摂取基準を性別、労働・運動の強度別、年代別に提示している。この数値と粗食の勧めから推定される摂取栄養量には隔たりがある。

 もちろん、栄養学も万能ではない。栄養学には、アルカリ性食品をはじめ、誤った情報を提供して世間を混乱させた歴史もある。しかし栄養学は、実験結果あるいは調査結果に基づいて確実に進歩している。現在の栄養学が大きく間違っているとは、考え難いのである。率直に言って、古い時代の日本は全体に貧しく、食生活も栄養学的に欠乏の時代であった。満足できる食生活に到達したのは、1970年頃である。古い時代の食生活には見習うべき点も多かったが、模範的と言えるものではなかった。

 粗食を勧める場合、おいしさや簡便さにかまけて大食したりあるいは偏食することを戒める。これ自体は正しい指摘である。それを一気に粗食の正当性に結びつけるところに、論理の飛躍がある。この問題は、食生活指導や食育の主要課題であるが、合理的な対応がなされるものと信ずる。

 粗食主義に疑問を持つ背景には、それが食事にお金を掛けない生活を推奨する面のあることである。日本では、エンゲル係数が低いほど豊かであるという説が根強く信じられている 。いうまでもなくこれは間違いで、健康の基本である食事には可能な限りの経費を掛ける方が、豊かな生活となるはずである。成長期にある子供たちに粗食を勧めることは、特に留意したい。成長を阻害する懸念がある。また、食欲が衰えてきた高齢者に粗食を勧めることは、高齢者の生活活力を低下させるはずである。 国民健康・栄養調査の結果は、多くの高齢者が栄養失調に陥っていることを示している。また、高齢者は青年よりもエネルギーの推定必要量は減るが、タンパク質は同じくらい必要である。この事実から、高齢者は食事の量は減らして良いが、タンパク質食品の割合は増やす必要のあることが分かる。

 粗食の勧めでは、社会的に活躍している人が質素な朝ご飯を摂っていることがしばしば紹介される。しかし、このような人の夕ご飯は会食で脂の多い食事をする機会が多いと信じられる。そのために、朝の食事では脂っこいものは避けるのが理に叶っている。3度の食事を全て粗食にするのとは、意味合いが異なる。