酸味は腐敗のシグナル?


味には5基本味がある。甘味、うま味、酸味、鹹味そして苦味の5味である。

 この5基本味には、生理上のシグナルとしての意義があるという。甘味はエネルギー源のシグナルでうま味はタンパク質・核酸のシグナルなど、4味の説明は一応納得できる。ところが、酸味が「腐敗による酸のシグナル」と説明されていることには、異議がある。

 というのは、@”腐敗”により有機酸が生じるのは稀であり、A我々が酸味により食品の腐敗を感知することも稀である。

 もう少し具体的に説明すると、@に関し、微生物の作用により酸が生成するのは、原料が砂糖や澱粉などの糖類の場合である。糖類から生成する有機酸は、具体的には乳酸・酢酸・クエン酸などである。これらの味は人々に好まれており、腐敗と呼べるものではない。敢えて探せば、清酒を醸造する時の腐造と、酒の酸敗にすぎない。どちらもお酒に関係するが、特殊な ケースといえる。腐敗の原因物質となるのは、タンパク質や脂肪のことが多い。これらの場合、有機酸はほとんどできない。

 Aに関して、食品が腐敗したかどうかは、まず外観で判断する。外観で判断し難い場合には、臭いで確認する。口に入れて判断することは稀である。しかも、口に入れてからでも主に匂いで感知している。味で 腐敗しているかを判断することは滅多にない。酸味で腐敗を感知する必要性はほとんどない。

 こうしてみると、腐敗による酸のシグナルをいう説は、根拠のないことが判る。

 では、酸味は何のシングナルであろうか。「代謝を促進する有機酸のシグナル」という意見も出てくるようになった。魅力的であるが、この説はスタイナーが明らかにした「苦味と酸味はヒトが生得的に忌避する味である」という事実と矛盾する。

 筆者は、「果実が食べ頃になっているかを知るための味」だったのではないかと考えている。人が猿と分かれる前には、 果実が重要な食料であった。

 全ての味に生理的意義が備わっているのか、という疑問もあるが。