食品安全行政はリスクコニュニケーションの重要性が説かれているように、国民に分かり易いことが重要である。2003年の食品安全基本法の施行以来、日本における食品安全行政も洗練されたものになってきた。ところが、食品安全行政の中核的機能を果たしている食品衛生法令は国民に分かり易く工夫されているとは言い難い。整理が必要である。
問題が大きいと思われるのは、以下の6点である。
1.条文の項目立てが悪い
食品衛生法の条文は、体系的に並べられているとはいえない。建て増しと応急措置の積み重ねにみえる。厚生労働省のサイトをみると、「輸入食品、BSE、HACCP、食中毒、食品添加物、汚染物質、遺伝子組換え食品、残留農薬等、その他、器具・容器包装・おもちゃ、健康食品」となっている。これと同じように整理された構成になることが望ましい。
2.農業分野への係わりが弱い
現在の食品安全行政で主張されていることにフードチェーンアプローチがある。これが不徹底である。つまり、第4条(定義)で、「この法律で営業とは、・・(中略)・・ただし、農業及び水産業における食品の採取業は、これを含まない。」としている。これはフードチェーンアプローチ時代の規定にみえない。この条文を削除したうえで、農業分野を包含する必要がある。
3.ハザードの概念が徹底していない
リスク分析の考え方に準じている現在の食品安全行政では、リスク、ハザード(危害要因)、ハーム(危害)の概念は重要である。ところが、食品衛生法令ではハザードの指定が不明確なままとなっている。たとえば、食中毒菌のうちどれがハザードかの指定がない。また、異物でもどれがハザードか曖昧である。指定すると指定しないものができるので、事件が起きた時に取り締まれないと懸念していると想像するが、例示しておくことは大切である。そもそもHACCPでは、ハザードを危害と呼んでおり混乱している。
4.規格基準の対象が広範で、関連事項との関係が散漫
食品衛生小六法をみると、食品衛生法令の中で規格基準の部分が太宗を占めている。規格基準は重要な部分を担っており、まるで法中法の趣がある。その構成は、「食品一般、食品添加物、器具・容器包装、おもちゃ、洗浄剤」からなるけれども、下記のように個別の事情もあり、無理に一緒にしておく理由がない。たとえば「通則、農薬(動物用医薬品など)、食品添加物、器具・容器包装、洗浄剤」は別々の規格基準に整理するべきである。
特に重要な問題として、
@農薬、動物用医薬品、飼料添加物はそれぞれの取締法と一体的に
農薬は農薬取締法との関係を整理して一体的に取り組むべきである。農業者の手を離れた段階からに限るのはフードチェーンアプローチの時代に馴染まない。動物用医薬品、飼料添加物も同じで、農薬と一体的に取り扱う理由はなく、それぞれの取締り法と一体的に取り組むべきである。
A食品添加物は一元的に
食品添加物には、指定添加物、既存添加物、一般飲食物添加物、天然香料がある。これらをあちこちに分散させる理由はなく、一箇所に整理するべきである。特に既存添加物は、指定添加物に近い将来に統合するべきである。既存添加物は
もともと暫定的措置のはずで、いつまでも付則に留めているのは既得権擁護を感じさせる。また、食品添加物は調理でも使用されるけれども、その規制は曖昧である。工場調理が進展する中で、その矛盾が拡大している。たとえば調理添加物と呼び、食品添加物との整合性を図るべきである。
B器具・容器包装は用語から見直す必要がある
大型食品工場の製造装置もそこで使用される容器も、用語としては器具で規制している。どうみても不自然で、包丁・まな板の時代の用語にみえる。そのためか、規制の内容が大雑把である。
5.乳・乳製品だけを省令にしている
乳・乳製品だけを省令で規制する理由を合理的には説明できない。過去の経緯にすぎないと思われる。これが必要とすれば、肉類・卵・魚介類も同様の措置を講ずるべきである。
乳等省令は省令なので、告示にすぎない規格基準の上位の位置付けがあるためか、規格基準との重複が多い。本来は規格基準に馴染まない特別な事情を規定するべき法令なので、たとえば規格基準が省令で、乳等省令は規格とするのが
望ましい。
乳等省令には、食品衛生との関連がない規格も含まれる。乳・乳製品業界振興のための規格は廃止し、乳・乳製品の安全性確保のための規格に徹するべきである。
6.産業の発達、産業構造の変化への対応が不十分
上述のように、大型食品工場の製造装置も器具と呼んでいるは、食品企業関係者にとっては不可解に違いない。JISには「食品機械安全」関連の規格が策定されている
けれども、食品衛生法令では、これについての言及が全くない。食品産業の発達を反映する努力が足りないようにみえる。
販売段階では、大手スーパーやコンビニが伸長し、外食も大手チェーン店の比重が高くなってきた。個人経営が主体だった時代と異なり、これらの企業体は食品工場と同じような規制対象とするべき経営体となってきている。この産業構造の変化を反映する努力が足りない。