普通の食品は自然な言葉のようで、案外使用されない言葉らしい。
しかし、食品の安全性を考えるうえで、日本において昔から多くの人に食べられている普通の食品と表現でき、分かり易い言葉である。普通の食品は安全とされており、しばしば100%安全と信じられている。これは当たり前のようであるが、実は不思議である。というのは、普通の食品は安全性試験が実施されていない。安全性試験も実施しないで、安全とみなしているのである。普通の食品は安全なのだから安全性試験は必要ないと理解されているようだ。
普通の食品は神様が人間に与えた恵みとすれば、人の健康に悪影響を与えるはずがないと解釈できるかもしれない。しかし、実際には普通の食品も自然界にあるものから人間が選択し改良した
ものにすぎない
。だから、普通の食品が人の健康に悪影響を及ぼしても不思議ではない。特に植物は逃げることができないので、むやみ食べられないような仕組みを持つ。たとえば
変異原性の簡便な試験法を開発したことで有名なエイムスによれば、野菜と果物には発がん性化学物質が含まれているという。
普通の食品というとスーパーで売られているものを思い浮かべるが、食品のリスクを厳格に論ずる場合は、スーパーで売られている食品では不十分であり、そこに含まれているはずの食品添加物や農薬など意図的に使用される化学物質はないものと仮定する。また汚染物質も外来物なので無視する。現実にはそういう
食品はあり得ないのであるが、想定することは可能である(自然食品や有機食品はこれを目指している)。仮にそのような食品を無垢な普通の食品と呼ぶことにしよう。無垢な普通の食品にはリスクがないだろうか。残念ながら無垢な普通の食品といえども多様なハザードを持つ。たとえば代表的な食品である小麦、牛乳、卵などは科学的にリスクが立証されたので、アレルギー食品として表示が義務付けられた。表示が推奨された食品は数多い。野菜や果物に限らず
食品には多数の天然化学物質が含まれている。天然化学物質のリスクが論じられないのは、安全性試験がほとんど実施されていないからである。これまでに動物試験が実施された化学物質の1052種類のうち天然化学物質はわずかに52種類だという。
無垢な普通の食品どころか、普通の食品とはいえないもの食品であるという問題もある。
食品は広く捉えているのである。厚生労働省が作成している「農産物等の食品分類表」や「医薬品的効能効果を標ぼうしない限り医薬品と判断しない成分本質(原材料)リスト」あるいは「一般に食品として飲食に供させている物(であって添加物として使用される品目リスト)」に掲載されている品目は、その多くが食べたこと
はもちろん聞いたこともないものが並んでいる。普通の食品と確実にいえるのは国民健康・栄養調査に採用されている97項目(の主要品目)であろう。広く捉えてもせいぜい日本食品標準成分表に掲載されている1,878品目くらいである。この中にも、普通の食品とは呼びたくない品目が
少なからず含まれている。これらは食品とはいえても、普通の食品の安全性レベルにあるとはとてもいえない。
普通の食品といえどもゼロリスクとか100%安全と主張するのは無理がある。しかし、普通の食品をゼロリスクでないことを理由に禁止すると、栄養失調というはるかに高いリスクを負うので現実的ではない。