科学技術が人に役に立つかどうかは、社会が科学技術をどう活かすかにかかっている。国民が科学技術の利用 を適切に監視できない社会では、科学が食品の安全性を脅かす可能性がある。 実際、西洋文化導入された時代、科学は食品に新しいハザード(危害要因)をもたらした。つまり、日本における食品衛生に係わる最初の規制は、「アニリン其他鉱属製ノ絵具染料ヲ以テ飲食物ニ着色スルモノ取締方」内務卿通達(1878年)であったが、この規制内容から理解されるように、アニリンなど化学物質を食品の着色に利用する行為が目にあまったのである。続いて人工甘味料、防腐剤を規制する条例が各地に出された。 近代科学は多種多様な化学物質を生み、これを安価に大量製造することを可能にした。現在までに開発された化学物質は実に5,000万種を超えている。 ここで指摘しておくと、化学物質の開発にかぎらず産業における技術開発は、民間企業が自前の資金で実施している。大学や公的研究機関の研究成果も、実用化は民間企業に委ねられる。食品分野における技術開発の主要な目的 には、価格の安い食材から見栄えが良く高く売れる商品を作ることがある。そして経済活動は自由であることが原則である。したがって社会による監視が不十分であれば、安全性への配慮が十分でない商品が市場に出回ることは当然起きる。 あまり指摘されないことに、事件の原因相究明において科学者が犯した役割がある。日本における大規模食品公害事件において、科学者が真相究明を妨げる役割を果たした。実はこれは根が深い。科学の世界において、研究者が一線で活躍するためには研究設備と研究費が十分に確保することが不可欠であ る。その研究費を提供するのは行政機関か民間企業(団体)である。研究者として成長しそして活躍する過程を温かく見守ってくれた行政・民間企業の言い分に馴染むのは自然である。事件が起きると、専門知識を活かして別の可能性を主張してしまう。真相を唱える科学者(医師)を支援する 仕組みがないと、これまでのように被害者を拡大することになる。 今後とも科学が新しい危害要因を登場させることが懸念される。社会の監視が不可欠な所以である。 |