国民が不安を持つ食品は販売を禁止する。これは国民の安心を得る最も確実で分かり易い方策である。ただし、販売を禁止するのは経済活動の自由を損なう最も厳しい措置であり、それだけに慎重な対応が求められる。 食中毒事件が起きるとか、実験データや疫学調査でリスクが指摘された場合、その結果によっては原因物質の販売禁止の措置が講じられる。これは食品安全施策の重要な一面である。ここでは、食中毒事件はもちろん安全性審査では問題が指摘できないにも係わらず販売が禁止されている事例 から、科学的根拠によらない販売禁止措置を吟味する。 法令で禁止している例としては、照射食品がある。食品への放射線照射は、規格基準の「食品一般の製造加工及び調理基準」で「食品を製造し、又は加工する場合は、食品に放射線を照射してはならない」、そして「食品一般の保存基準」で「食品の保存の目的で、食品に放射線を使用してはならない」と規定され、使用が禁止されている。これに は例外規定があり、野菜では150グレイ以下の照射が認められている。具体的にはジャガイモの芽止めで、北海道にある農協の一ヶ所だけで実用化されている。 この措置が安全性からみて妥当と考えている専門家はいない。近年放射線照射による生成物質として問題にされている2-アルキルシクロブタノン類も、敢えて挙げれば程度である。因みにWHO(世界保健機関)は10,000ベクレル以下を問題ないとしている。専門家は、消費者運動により厚労省がやむを得ず取っている措置と理解している。しかしながら、厚生労働省の正式見解は、食品衛生確保のために必要な措置である。 実質的に禁止している例としては、クローン牛(体細胞技術を用いて産出された牛)と微生物タンパクがある。 クローン牛は、2009年に食品安全委員会が安全性の問題が指摘されないとの報告書を作成している。にも係わらず、農林水産省が当分流通を認めないこととした。こうなると、実際には流通しない。農林水産省も言っているように、これは安全性に基づく措置でなく、パブリックコメントの状況を踏まえた措置である。この件は、食品安全委員会のリスク評価が先に行われたので、妙な措置 は回避されると見込まれる。 微生物タンパクはもう少し複雑である。微生物タンパクは最初石油タンパクと呼ばれた。石油精製過程で副生するノルマルパラフィンを原料にしたためである。この微生物タンパクに対し最も厳しく指摘された安全性問題にベンズピレンがあった。開発企業は1ppm以下にすることを確約したし、微生物タンパクの場合は食品ではなく飼料としての利用であったが、厚生労働省は開発企業が自主的に開発を断念するように追い込んだ。これも安全性に基づく措置と信ずる専門家はいない。 微生物タンパクは、農産物・農産廃棄物を原料とした場合には市販できる。問題になる前から木材からパルプを作る過程で副生する亜硫酸パルプ廃液からトルラ酵母が生産されていた。食料はアメリカなどから充分に供給されることを前提にした措置であり、農地が少なく食料 生産が決定的に足りない日本にとっては、いずれ必要とする資源である。この経緯が足枷になることを懸念している。 禁止されているわけではないが、栽培ができないでいるとか特別な措置が多いのが組換え食品である。組換え作物には環境影響を評価するための第一種使用規定が策定されている。その認可は進んでいるが、食用作物についてはそこで止まっている。一部の道県では栽培を禁止している。世界的には1.6億f(日本の国土は0.38億f)もの農地で組換え作物が栽培されており、その普及は進んでいる。食用の組換え作物の栽培が実質的に禁止状態にある日本の現状は不可思議である。 一方、食品としての利用では特別な措置が多い、遺伝子組換え食品(組換え作物)として189品目が既に認可されているので、順調な面もある。しかし、食品衛生法の規格基準で組換え食品の安全性審査を義務付けた。その審査基準は他の審査基準を超えている。たとえば、組換え作物では栄養成分の含有量の変化まで問題にしている。栄養成分の変化を食品の安全性の問題にしている例は他にはない。また、食品衛生法の規格基準で表示が義務付けられた。さらに食品安全委員会には、遺伝子組換え食品等専門調査会が特別に設置されている。最もびっくりしているのは、スギ花粉症緩和米が医薬品としての規制を受けることである。これらはいずれも組換え食品だけに通用する措置である。 確かに組換え食品に対する国民の不安には根強いものがある。非組換え大豆の表示が消費者から支持されている。しかしながら、国民が組換え食品に不安を感じるのであれば、規制は国民の不安を理由にするべきである。これまでは国民の不安を背景に安全施策を強化してきたが、国民の不安を煽っただけである。 以上から学ぶべきは、販売を禁止にする場合、無理に安全性を理由にするのではなく国民世論を理由にするべきである。
そのためにも、リスク評価は実施されるべきである。照射食品・微生物タンパク・組換え食品は、有史以来日本において最も徹底的に安全性試験を実施した上位3食品である。更に厳しい安全性試験を課しても意味はない。 |