安全安心という用語が、何時から使われるようになったか。些かマニアックな関心ではあるが、それにより安全安心の理解を深めるヒントが得られると期待した。
話し言葉の初めを調べるのは不可能であるが、書いたものであれば可能である。ただし、この目的には文献検索は適さない。国会図書館が提供している蔵書検索システムNDL-OPACの利用が妥当と考え
られる。NDL-OPACとは国会図書館が収蔵した書籍や雑誌などの資料のデータベーを対象にした検索システムである。もう一つ、新聞記事にも検索
システムがある。ただし、新聞記事の検索システムはたくさんあるので、検索対象を朝日新聞、読売新聞、毎日新聞の3紙に限ることとした。
はじめに、NDL-OPACを用いて検索する。NDL-OPACは、多種多様な資料を搭載しているためか、検索の使い勝手は悪い。詳細検索でキーワードを安全安心として検索したところ、いちばん古いのは1898年の「愛知縣臨時会議議事録」がヒットする。古いものは愛知県の資料が並ぶのである。これでは正しくないと信じられるので、キーワードを「安全安心 NOT 愛知」で検索する必要があった。また、年代順の並べ方にも不備がある。これらの問題を考慮して検索結果を注意深く調べた結果、いちばん古い資料と判断したのは、「月刊自由民主」の1984年1月号に掲載された「いま、これだけは知って欲しい ― 安全・安心・安定の日本」であった。著者は竹村健一である。ここでいう安心は国防および防犯であり、食品分野ではなかった。確認できた初使用の資料が1984年というのは、率直に言って意外に新しかった。なお、検索対象はいわゆる書誌事項なので、資料の本文まで検索できるようになると、これより古い資料が見つかる可能性が残されている。
食品分野に限ると、「協同組合経営研究月報」の1988年5月号に掲載された「生協からー安全・安心はお母さんたちの願いー」で、著者は中嶋拡子である。ここに安心の対象は、タイトルから推定できるように食の安全である。安全安心でヒットする資料の中でも2番目に古いこと、及び上述資料の
4年後であることから、食品分野への導入は早かったといえる。
なお、竹村の記事は、安全・安心の後ろに安定が付いており、安全安心の記事とは言えないかもしれない。この見解に立てば中嶋の記事が最初になる。
一方、新聞での初使用はやや遅く、1994年10月20日の朝日新聞朝刊の記事である。この記事の見出しは「「ウルグアイ・ラウンド農業合意」反対 農協青年組織が行進」で、見出しには登場しないが記事の中でデモ行進のプラカードに「安全安心―日本のお米」と書かれていたことを紹介している。
すなわち、ここでいう安心は食料供給である。なお、毎日新聞は1995年4月11日、読売新聞は、1997年8月3日が初使用である。
以上のように安心の対象は多様であることから、安全安心は外国の資料からの引用から始まったのではなく、日本で“発明”された用語と推定できる。資料における先行的な使用例は1980年代ではあるが、新聞に登場するのは1990年代中期になってからである。新聞記事は見出しだけでなく記事の中味まで検索できるので検索結果の信頼性は高い。このことを考慮すると、安全安心は1990年代中期より前にはあまり使用されなかった用語といえる。
(2014年5月作成:柳本)